【レポート】プレイベント第一弾

「北アイルランドをテーマとした映画製作の変遷」

2007年12月17日

講師:岩見寿子さん

場所:ブリティッシュ・カウンシル

- 無断転載不可 -

12月17日にNIFFの最初のプレイベントがブリティッシュ・カウンシルで行われました。定員以上のご予約を受け、当日は多くの方にお越しいただきました。来ていただいたみなさん、どうもありがとうございました!

レクチャーは日本で紹介された作品を中心に、この60年間の北アイルランドにまつわる映画の表象・表現・テーマの変遷、社会状況・世界情勢との影響関係、また映画製作の状況まで。2時間のなかに、北アイルランド映画のこれまで、現在の状況、これからの展望を見渡すことのできる濃密なレクチャーになりました。

作品の背景から、内容、描かれ方、ショットの構図、場所が持つ歴史性まで詳細に、かつ丁寧にお話ししていただいた、実際の講義には遠く及びませんが、NIFF作品鑑賞への楽しみ方を倍増させるために、岩見さんのご協力を得まして、レポートをご紹介したいと思います。岩見さん、ありがとうございました!

(レポートまとめ:NIFF実行委員会)

■Part1 第二次世界大戦後から60年代末の紛争勃発まで■

●英米での「北」をテーマにした映画製作

第二次世界大戦中、南のエールは中立政策をとりましたが、一報で北アイルランドはイギリスの一部として戦争遂行に協力し、ベルファストはドイツ軍からの爆撃を受けました。キャロル・リード監督の『邪魔者を殺せ』(1947)はアイルランドが南北に分離されてから初めて、非合法組織IRAの活動を描いた作品です。映画研究者のジョン・ヒルはこのフィルム・ノワールのスタイル、運命論的な『邪魔者を殺せ』がその後の「北」の紛争を扱った作品に大きな影響を与えているとしています。

1969年以降の紛争の激化は、北アイルランドでの映画製作の機会を皆無に近く奪いました。それでも80年代、ふたりの監督により変化がもたらされました。

ニュール・ジョーダン監督とパット・オコナー監督です。それぞれ『エンジェル』(1982)、『キャル』(1984)を発表。これら2作品は北アイルランドを運命的に呪われている土地として描いているという批判もありますが、ひとつの表象の傾向を映し出しているとも言えます。

また、現代イギリスを代表する二大巨匠監督、マイク・リー監督とケン・ローチ監督も紛争が泥沼化した北アイルランドを舞台に作品を作っています。

マイク・リーはNIFFで上映される『7月、ある4日間』(1984)を監督しました。初めての出産を間近に控えたカトリック、プロテスタントの2組の夫婦に焦点をあて、紛争に巻き込まれて障害者手当を受けているカトリック側の夫と、ベルファストの治安維持に従事する兵士であるプロテスタント側の夫。交わらない二組の夫婦のふとした交錯を、日常性の中に意外性を盛り込むマイク・リーの独特なスタイルで描いています。

ケン・ローチ監督は『ヒドゥン・アジェンダ』(1990)で、IRA容疑者への非人道的取り調べを調査する弁護士と北アイルランド警察の警部の真相追求と闘いを描き、単なるミステリーに終わらず、政界の陰謀をも明るみにし、痛烈なサッチャー政権批判を展開していきます。

その後ハリウッドでもIRAのテロリストがドラマの重要人物として登場する作品が登場します。『パトリオット・ゲーム』(1992)、『ブローン・アウェイ』(1994)、『デビル』(1997)、『ジャッカル』(1997)など。前2作は狂信的な殺人者として描かれるのに対し、後2作はテロリストに人間的な部分が描かれています。それは90年代の停戦宣言などの和平の進展(ピース・プロセス)と関係があります。

●アイルランド共和国での「北」をテーマにした映画製作

アイルランド共和国では90年代、アイリッシュ・フィルム・ルネッサンスと称して映画製作が活発になります。映画研究者のブライアン・マックイルロイ曰く、アイルランドで北アイルランドの紛争を描いた作品の多くはナショナリストの視点に立っていることを指摘しています。その場合ユニオリストは否定的に描かれるか、全く無視されています。アメリカでもヒットしたニール・ジョーダンの『クライング・ゲーム』(1992)やジム・シェリダンの『父の祈り』(1993)などを例として見ることができます。

90年代頭角を現してきたサディアス・オサリバン監督はアイルランド共和国出身の監督ですが、プロテスタント・コミュニティやユニオニストの人物描写を丁寧に描いた2作を発表。ひとつがNIFF上映作品『12月の花嫁』、もうひとつは『ナッシング・パーソナル』(1995)です。

●ピース・プロセス・シネマ

94年以降の度重なる停戦とピース・プロセス。政治的緊張がじょじょに緩和されていく状況は映画にも確実に反映されていくようになりました。ジム・シェリダン監督の『ボクサー』(1997)。また、マイケル・ウィンターボトム監督『いつまでも二人で』(1999)の中ではモダンな建物が並ぶスタイリッシュなよくある現代の都市風景ベルファストが描かれ、バリー・レヴィンソン監督は『ピース・ピープル』(2000)という、Peace(平和)とPiece(かつら)をもじった政治風刺のきいたドタバタコメディを作りました。

また、これまでの紛争の歴史検証に向かう作品も生まれました。1972年、イギリスのパラシュート部隊が公民権デモに参加した市民に発砲し、13人もの死傷者を出した「血の日曜日(ブラディ・サンデー)」の事件30年目に、ポール・グリーングラス(『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』))が監督した『ブラディ・サンデー』(2001)はベルリン映画祭金熊賞を『千と千尋の神隠し』と共に受賞し、世界的な注目を集めます。またグリーングラス監督が今度はプロデューサーとしてバックアップした『オマー』もピース・プロセスさなかの爆弾テロ事件と、テロの犠牲者家族による犯人訴追のための闘いがドキュメンタリー・タッチで描かれています。

マーゴ・ハーキン監督の『デリー・ダイアリー ブラディ・サンデーのその後』は未だ解決しないその「血の日曜日」の真相を求める過程を描く最新のドキュメンタリー作品です。

■Part2 北アイルランドでの映画製作の状況■

イギリス、アメリカやアイルランドで製作された作品を見てきましたが、北アイルランド現地での映画製作がどうなっているかも概観していきたいと思います。

前述しましたが、北アイルランドの映画製作は長らく不毛でした。唯一の例外がジョン・T・デイヴィス監督でした。『シェルショック・ロック』(1979、NIFF上映作品)は国際映画祭で高く評価され、彼の名前を一躍有名にしました。その後もドキュメンタリーを中心に作品を発表しています。

不毛だった北アイルランドの映画製作状況が変わっていた要因は4つあります。

まずイギリスのテレビ局チャンネル4が1982年に開局され、映画に積極的に投資を行います。そのワークショップで育ったマーゴ・ハーキン監督は、チャンネル4の資金提供で『おやすみベイビー』(1990)を撮ります。紛争を背景にしたこれまでの映画とは違い、初めて若い女性のリアルな日常、感情を描いた画期的な作品と評価されました。『オマー』もチャンネル4がスポンサーのひとつとなっています。

2つ目が北アイルランド・フィルム・カウンシルが1989年に民間の任意団体として映画テレビ製作の助成、上映会、メディアリテラシー、フィルム保存などの幅広い活動を始めました。BBCと共同でおこなった「Northern Lights」で短編映画助成を始め、多くの才能を発掘しました。イギリス政府の基金を導入し、1997年に北アイルランド・フィルム・コミッションとなり、現在北アイルランド・スクリーン(NI Screen)となり、これまでの活動の他、ロケ誘致なども積極的に行っています。

3つ目は宝くじ基金をもとにした北アイルランド・アーツ・カウンシルが1995年に映画助成を開始しました。それにより『ディボーシング・ジャック』(1998)が製作されました。この宝くじ基金の運営は現在NI Screenに移行しています。

4つ目はBBCによる映画製作です。イギリス政府の映画製作に対する税控除なども受け、BBC(北アイルランド)は地元での映画製作に本腰を入れています。『ディボーシング・ジャック』と同じくコリン・ベイトマン原作・脚本の『ハリーに夢中』(2000)は北アイルランドで全面的にロケされています。

これらが柱になり、北アイルランドでは小・中規模の作品がコンスタントに製作される制度が整っています。長らく描かれた紛争やテロリストのイメージを覆すことは容易ではありませんが、映画製作の不毛な時期を経て、それを変えるべく製作基盤が整えられつつある現在、イギリスとも南の共和国とも異なった視点、北アイルランドの歴史や社会を内部から問い直すフィルムが作られ始めてきています。

(終わり)無断転載不可

講師:岩見寿子(いわみひさこ)さん

プロフィール

アイルランド映画研究者。

1996年、有志とともに東京の草月ホールにて「アイルランド映画祭」を開催。

現在、成城大学非常勤講師。

主な著書、翻訳書に『図説アイルランド』共著(河出書房新社)、

『フールズ・オブ・フォーチュン』(論創社)等がある。

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